上狛の風景 古民家2 角の古民家
木津川アート出展作品 11/18

2011.11.03/ワトソン紙(はがきサイズ)、4Bホルダー、透明水彩/京都府木津川市上狛
茶問屋のひとつだ。円成寺や泉橋寺と同じ並びで、土手ができるまでここが町の端だったはずだから一等地だ。コーナー部分には煙抜きが見えるので、ここは土間でおくどさん(かまど)があったのだろう。格子の入った虫籠(むしこ)窓のある磨き上げられた黒い漆喰壁が美しい。
この地域はもともと綿の集積地として栄えたが、明治以降安い洋綿が入るにつれ綿業は廃れた。しかし上狛は綿畑を茶畑に変えて未曾有の発展を遂げた。なぜなら明治時代の初期は日本の茶がアメリカやヨーロッパへ飛ぶように売れたからだ。
ここは奈良と京都を結ぶ街道の木津川渡河地点で、北岸の上狛には街道沿いに茶問屋が軒を連ね新しい町並みを作った。この古民家はその一番南側の端を押さえている。ちなみに北端は銀行と茶号組合事務所(今の商工会)がある。ちょうど真ん中あたりに火の見櫓と消防車庫があるのもバランスが良い。ちなみに江戸時代から続く製茶業・緑樹園も町並みのなかほどにある。このメーカーはサントリーの緑茶「伊右衛門」で有名になった家だ。
街道筋の製茶メーカーはどれも立派な古民家だ。スケッチしたこの家は2階建てなので明治以降のものだろうが、ほかには江戸時代と思われるものも混じっている。この茶問屋街の町並みは明治時代のものだが、その原形は江戸時代にできあがっていたのではないか。
綿業が盛んになるのは江戸時代の後半だろう。その時期になんらかの地域経済の組み替え起こり、明治以降も綿を茶に変えて組み替えが進んだのではないか。この町並みはそのことを物語っているように見える。
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