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2007.06.16

08 断片化する武田 / 京都陳列館門柱 

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 わたしは執念深く武田を追ってきた。これが武田の設計した京都陳列館の門柱であることは、まだあまり知られていないだろう。断片化する武田のひとつ。岡崎公園、京都市美術館の裏門である。陳列館は1910年竣工、武田43才の作品。陳列館は京都市美術館建設のため解体され現存しない。こいつだけが残っている。門の向こうは動物園。こどもたちが楽しそうなようすを、こいつはずっと見ているわけだ。

 わたしは武田作品と武田物件とそれほど区別しない。武田物件とは武田の影響を受けた作品のこと。先に見た御大典記念京都博覧会門柱などがそれだ。武田作品であっても、実際に武田がすべての図面をチェックしたわけではない。弟子の作品だって、よっぽど武田らしいものがある。ようは武田っぽさを楽しめれば良いわけだから、厳密に区別してはもったいない。ところがこれは、まがうことなき武田本人による武田作品なのである。なぜか。それは細部を見ればよく分かる。

 よく見てみよう。1本の門柱は3つの部分に分かれる。基底部と門柱部と柱頭部。門柱部と柱頭部は柱頭部は3:1の整数比になっている。しかも柱頭部は立方体だ。武田らしい幾何学的処理は、初期から発揮されている。

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 全体にすっぱり割り切った感じがするのがお分かりだろうか。御大典記念京都博覧会門柱と比較すると分かりやすいかも知れない。博覧会門柱は細かい線が多い。半円屋根と円の中心との関係もずれている。その下の涙型の装飾も機械的に決めた曲線ではない。博覧会門柱は、より情感豊かな作風と言えるだろう。それに比べて陳列館門柱のいかに機械的なことか。おもしろ過ぎる。

 かく言うわたくしも、最初からこのおもしろさに気づいていたわけではない。これは武田追っ掛けの悪いきつねさんに教えてもらったものだ。

 「この武田のあっさり感がたまらないですねぇ」

 正直わたしは、なにが「たまらない」のかさっぱり分からなかった。でもしばらく一緒に武田を見るうちに、わたしも「あっさり感」の虜となる。感覚とは開発されるものなのだ。おそるべし武田。おそるべし武田追っ掛け。

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 さて、最初に注意していただきたいのはその足下だ。これは武田作品の特徴のひとつ。名付けて「足下(そっか)の切り込み」。なぜ、そんなことをするのか分からないが、武田は必ずと言っていいほどこれをやる。門柱部と基底部の接する角。門柱の角は直角の切り込みがある。これが基底部とどうつながるか。武田はここに執念を燃やす。この場合は三角の切り込みを入れている。これは切り込みパターンの常套手段のひとつ。たとえば京都の同志社女子大の栄光館。その八角形の塔と基底部との間に似たものがある。「足下の切り込み」は武田作品の見どころのひとつだ。

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 この門柱の最も大きな特徴は、その目にあろう。目のある門柱なんてそんなにない。まあ、これは本当は目ではない。ギリシャ建築の柱頭部「イオニア式」の「巻き」だ。この巻きは西洋建築の基本的なモチーフ。だが、こんなに「あっさり」した巻きはほかにはないだろう。とても珍しいイオニア式なのだ。

 たとえば先の京都博覧会の涙型装飾をよく見てみよう。これは中央で2分割されている。分割線は3本の丸いひも。その間の2面も丸くふっくらしている。これが普通の西洋建築のやり方。それに引き換え武田の巻きはふっくらしたところが全くない。きっと石工さんが聞いたことだろう。

 「こんな、仮彫りみたいなので本当にいいのですかい?」

 それで良いと武田は指示したはずだ。建築家がわざわざ指示しなければ、こんな常識はずれな細部が生まれるものか。京都は文明開化のさきがけだ。西洋建築もたくさん建ててきた。その石工さんもこれにはびっくりしたろう。その石工さんは、その後武田作品を数多く手掛けた京都市北白川の石工・内田鶴之助さんだったのではないかとわたしは思う。それはともかく、この常識はずれの細部こそ「ウイーン分離派」スタイルだったわけだ。

 武田は、その後しばらくウイーン分離派で通す。なにもそこまで、という感じ。これは武田が望んだというよりも、当時彼の職場・京都高等工芸学校の教育方針だったからだろう。そのうち彼は和風再興に夢中になり「あっさり感」に磨きがかかるものの、ウイーン色は薄れていく。それでも分離派スタイルは彼のデザインの底流だったらしい。折に触れてそれが出てくる。1927年の旧島津製作所本社のショーウインドウ装飾など陳列館門柱とそっくりだ。

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 武田がウイーンへ行ったのは1903年。ヨーロッパ留学から帰朝する真際のことだ。武田31才。そのとき、ウイーンで得たインパクトが終生持続したわけだ。もし人がふたつの故郷を持つとすれば、武田のそれは間違いなくウイーンであったろうとわたしは思うね。

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