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2007.04.20

03 白浜温泉の謎|崎の湯(和歌山県白浜町)

Sakinoyu

 さて、どこから話をしたものか。今回は推理と言うより失敗談のたぐいだろう。つまり資料はよく読め、ということだ。

 この建物は和歌山県の白浜温泉にあった。武田五一の設計、というか考案だ。崎(さき)の湯は白浜温泉でも有名な海に面した豪快な露天風呂。ひょんなことから、どうやら武田が白浜温泉で仕事をしたらしい、と分かった。和歌山のことを調べていたときに、なにかの本の前書きに、武田にこの仕事を頼んだとかいうくだりを発見。すぐに悪いきつねさんに垂れ込んだわけだ。悪いきつねさんは、すぐさま現場調査を実施し、現存はしないが、当時の資料をサルベージした。さすが悪いきつねさんだ。

 資料とは「白浜温泉史」の該当記事と当時の写真である。この写真を見て驚いたわけだ。室生(むろう)寺にそっくりだったから。室生寺は女人高野と呼ばれる古刹(こさつ)。奈良県と三重県の県境に位置する。金堂は図にあるように、ひわだ葺きの優しい屋根で、わたくしの大好きな仏堂のひとつだ。この仏堂に崎の湯の建物がそっくりだったわけだ。これが今回の謎。なぜに和歌山県の温泉が、奈良県の古寺の姿をしているのか?

 どこが似ているのか確かめておこう。

 図にあるように、どちらも斜面に建っていることが共通している。室生寺は、江戸時代に舞台を増築したそうだ。それに合わせて屋根を今のかたちに改造している。舞台の上にさしかけられた庇(ひさし)は、そのときに継ぎ足されたのだろう。この庇が、ちょうど帽子をまぶかに被ったような表情を建物に与えた。顔を伏せながら、こちらをうかがうような感じ。ようするにおもしろくなったのである。

 その特徴を崎の湯は踏襲している。海に面して帽子のつばのような庇をさしかけている。残された写真では側面しか分からないので、正面も似ているかどうかは、正直なところ分からない。しかし、側面を見るかぎりよく似ている。武田が室生寺を念頭において、この建物を考案したことは動かしがたいようにわたしには見える。

 では、なぜに武田は室生寺に似せたのか? どちらも斜面という立地が共通していたからか? でも、弟子が「なぜ室生寺なんですか?」と尋ねたとき、「斜面だからだよ」というだけでは全然武田っぽくない。なにかもっと江戸趣味的な洒落気がほしい。

 崎の湯には観音さまが祀られていたらしい。室生寺は女人高野だから、当然観音信仰の聖地である。ならば、観音信仰が共通していたから武田はこうしたのか。でも「観音信仰の聖地だからだよ」というのも洒落にはなっていない。ならばなぜ?

 実は、答えはすでに与えられていたのである。それは、もうひとつの資料「白浜温泉史」に書いてあったのだ。そのことに気づいたのは、この図を書いてから6年後だった。その記事の出だしはこうだ。

 「湯崎の西端、荒磯の先きに天然の大きな岩凹があり、この中に湧く珍しい温泉。岩凹は東西に6m37、南北に3ないし1m7である。」

 ここまで読んで、後を読んでいなかったのだ。建築探偵たるもの、資料はちゃんと最後まで読むべきだと思う。続きはこうなる。

 「往昔、この岩凹の温泉がゆけむりを挙げていたのが、海上から認められてムロの温湯とよばれ、飛鳥のころ朝廷にも知られたものだろうという。(後略)」

 はい、ここまで。なんて分かりやすいのだろう。崎の湯には「ムロの湯」と言う別名があったのだ。どうして最初に資料をちゃんと読まなかったのだろう。読んでおれば、ただちに謎は解けたであろうに。

 武田はこの別名を聞いて、室生寺を連想したわけだ。表の理由としては、斜面に建つ伝統的な建築で、しかも観音信仰の聖地をモデルとする。そして、裏の理由は「ムロ」という表記の共通性。表裏そろって武田流の洒落が成立するわけだ。いかにも武田らしいわかりやすさ。こうした分かりやすい洒落にしてみせることは、建築プロデュースのための重要な条件であるようにわたしは思う。説明しやすいし、造型の意味を共有しやすい。そして、楽しい。やっぱり武田作品は楽しくなくっちゃ。

※ 追加報告(070430)
今回、建築探偵M氏から、この建物を正面から見た絵はがきを見せてもらった。正面から見ても室生寺そっくり。やっぱりね。図では建物の中に湯船があるように描いたが、湯船は建物の前の岩場にあった。ということは建物は脱衣場なのだろうか。面倒なので図は訂正しないのでここで報告しておく次第。Mさんありがとう。

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コメント

武田の「白浜温泉崎の湯」の絵葉書がありました。
http://www.wakayama-u.ac.jp/~pleasure/kisyuken/works/hagaki-t/28/28_656_t.jpg

投稿: 前村 | 2007.04.21 03:39

前村さん>
ブログを立ち上げて3日目にはすでに前村氏のブログにリンクされていたので驚いたね。さすがだ。絵はがきおもしろいね。ありがとう。悪いきつねさんによれば、温泉関係はあと2カ所確認されている。それはどこか?てのは謎にはならないよ。調べればもっと出てくるはずだからね。むしろ、なぜにこれだけ温泉に関わっているのか、というほうが謎だ。こんなふうに「謎をいかに立てるか」というのが本ブログのテーマでもある。まあ、答えは簡単。興味があれば、考えてみてはいかが?

投稿: つきのたぬき | 2007.04.21 11:38

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話の順番が逆になってしまいました。武田五一が関わった温泉は、現在のところ3つが確認されています。これは、武田五一マニアの小林淳男さんの労作によります。・石川県山代町「山... [続きを読む]

受信: 2007.04.21 04:16

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