2016年9月27日 (火)

風雲竹田城を描いてみた

 雨が上がるとともに山頂の竹田城址が見えてきた。よくもまあ、これだけの城郭が残っていたものだ。生野銀山の守りとして破却するわけにはいかなかったのだろう。わたしとしては、山頂まで登って描きたかったが、その時間もなかったので、下から見上げて描けただけでも良かった。竹田城は相当かっこいい。いずれ風水的な解析をしてみたい。

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2016.09.19/ワトソン紙ハガキサイズ、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/兵庫県朝来市和田山町竹田

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2016年9月25日 (日)

斜め描きその(2)旧木村酒造

 各自スケッチすることと言い置いてひとり離脱した。町をぐるっと回り表米神社まで登ったが、一向に描く気になれず旧木村酒造まで戻ってきた。そのときこの複雑な屋根が初めて見えた。とてもおもしろいじゃないか。今なら描けるかもと思った。目が斜め描きのままだったのだろう。小雨が降るので向かいの軒先を借りて描いた。色塗りまで20分くらい。風景が思ったより大きかったので、もう少しだけ大きな画面で描いてもよいかも知れない。

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2016.09.19/ワトソン紙ハガキサイズ、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/兵庫県朝来市和田山町竹田

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2016年9月24日 (土)

斜め描きの実演をした

 但馬スケッチ塾の2日目は竹田で開いた。雨が降ったり止んだりの天気で、竹田城が雨雲に霞む姿が幻想的だった。まずは斜め描きの実演をした。二点透視法を応用するとこうなる。ただし透視図法は万能ではなく画面の周辺部では歪みが大きくなるし描くのに時間もかかる。あくまでスケッチの参考程度に考えてほしい。わたしのこの絵も線描きだけで15分もかかったわりには伸びやかさに欠ける。きっちり描くことよりもスケッチには大事なことがある。

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2016.09.19/ワトソン紙ハガキサイズ、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/兵庫県朝来市和田山町竹田

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2016年9月23日 (金)

百均の絵の具で描いてみた

 百均の画材には興味があってクレヨンは以前試したことがあった。クレヨンは普通に使えたが水彩用の筆はちょっと使いにくかった。最近、絵の具があることを知り、そのうち買ってみようと思っていたところ、スケッチ会の主催者が、道具の無い人のためにと用意してくれた。そこでさっそく使ってみたのが下のスケッチだ。普通の絵の具と比べて遜色のない出来栄えで驚いた。これなら十分使えるぞ。

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2016.09.18/ホワイトワトソン紙ハガキサイズ、グラフィックペン0.3、百均絵の具/兵庫県朝来市生野町

 パレットの中に小さな筆が入っているが、これは何に使うのかよく分からない。絵の具を掻きとるためのものなのだろうか。たしかに絵の具が固くて溶けにくい。でもまあ普通の筆で大丈夫だった。16色あるが、色の選び方もなかなか良い。

 ちなみに、これは雨の中で傘をさしながら描いている。雨の日にスケッチは無理だと思い込んでいたが、案外描けるものだ。ただし絵の具の乾きかたは異常に遅かった。

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2016年9月22日 (木)

生野まちづくり工房井筒屋(2)

 雨の中、中庭を描いてみた。庭にある井戸が井筒屋の屋号になった「井筒」なのだろう。すぐ脇に通りに出る木戸があることから、井戸は半公共のものだったと想像できる。中庭は黄色い美しい壁に囲まれた緑あふれる魅力的な場所だった。わたしはこういう場所が好きだ。

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2016.09.18/ワトソン紙ハガキサイズ、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/兵庫県朝来市生野町

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2016年9月21日 (水)

生野まちづくり工房井筒屋

 スケッチ教室はいつも最初にスケッチ実演を行う。これがそのスケッチ。正面描きの要領を説明しながら描いた。もちろんこれをマネなさいと言うわけではない。実例として描いてみせるだけだ。色はその後ひとりになってから塗った。説明しながらなので絵に勢いが無いな。

 井筒屋は山師(鉱山家)の家で公事宿(くじやど、役人用の宿泊施設)を兼ねた。再生されて17年になる。指定管理者制を使って地元の有志で運営されている。生野町の古民家再生の最初の建物だ。

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2016.09.18/ワトソン紙ハガキサイズ、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/兵庫県朝来市生野町

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2016年9月20日 (火)

但馬スケッチ会はじまる

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 兵庫県建築士会但南支部主催のプレゼン教室のスケッチ講師に呼んでもらった。7月に続き2回目だ。会場の生野まちづくり工房井筒屋はとてもアットホームで居心地が良かった。参加した8名は雨のなか思い思いにスケッチしてくれた。2日目は竹田で4名が参加。2日ともとても楽しかった。ありがとうございました。好評につき来年も開くことになった。とても楽しみである。

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2016.09.18、兵庫県朝来市生野町

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2016年9月19日 (月)

ミョウガをいただいた

 ミョウガをいただいた。触るだけでミョウガの香りが立ち昇る。自家菜園の手作りで大量に採れたらしい。しかも花付きだ。ミョウガの花を私は初めて見た。さっそくかみさんがお澄ましにしてくれた。清涼感のあるミョウガの香りが溶け込んで、飲むだけで気分がさわやかになった。ありがとうございました。

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2016.09/17

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2016年9月18日 (日)

新米をいただいた

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 新米をいただいた。最近使っていなかったおくどさん(カマド)を引っ張り出して炊いてみた。新米だと水分が多いようだ。それでもピカピカに炊きあがった。さっそく醤油漬けの玉子の黄身をかけて昼ごはんにした。ふっくらした米粒を噛みしめると甘い米の香りがする。ごはんの国のしあわせがここにある。

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2916.09.17

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2016年9月17日 (土)

自家弁当 160916

 後期の授業が始まった。自家弁当の始まりでもある。特定保健指導中の我が身としてはできるだけ外食を控え自家弁当をじっくり味わいたいものだ。しかし授業初日は心がはやり弁当に集中しづらい。焦る気持ちを抑えつつ牛肉巻きにいそしむ秋の肥満体。

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2016.09.18、摂南大学にて

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2016年9月16日 (金)

立ち飲み屋

 初めての立ち飲み屋へ入った。細長い店でカウンターの端から壁まで1.2メートルしかない。しかも壁際に45センチ角の小テーブルが点々とあり、そのため通路スペースがほぼ無い。外からうかがうと満席に見えたが、めざとい店員に見つかってどうぞと言われた。
「奥に席がありますから」
「奥?」
 画材屋で買ったばかりの大きなボール紙を抱えてすみませんすみませんと拝み手で人を押しのける。人口密度が高すぎる。それからみんなこっちを見るのをやめてほしい。
 カウンターにひとり分と思しきスペースを発見し荷物を下す。普通、立ち飲み屋では荷物を降ろさないものだが、ここでは降ろさないとカウンターに立てないし、後ろを行く人のじゃまになる。そもそも立ち飲み屋のカウンターのひとり分の巾は45センチで、身体をタテにして使う。身体をカウンターと平行にするのではなく直角にするのだ。ただしそれもここではできない。直角にすると後ろを人が通れなくなる。ここでは思い切り身体をカウンターに押し付けて酒を呑むことになる。
 清酒が飲みたかった。
「日本酒を、冷やで」
 店内が騒がしく店員と言葉が交わしにくい。
「冷酒(れいしゅ)ですか」
「冷や酒で」
「冷酒ですね」
 言葉が交わしにくいだけでなく微妙に通じにくい。
「じゃあそれで」
「何にします?」
「だからそれで」
 意味がよく分からない。酒を呑むのになぜこんな問答をせねばならないのか。怪訝な顔をしていると店員が続けた。
「清酒は3種類ありますので、お選びください」
「ああ」
「そこの棚にあります」
 店員が持っていたボールペンで指さしたのはここからの2メートルくらい離れた棚だ。棚の上に一升瓶が3本並んでいる。老眼なのでよく見えない。目をじっと凝らしてようやく見えた。「獺祭」「月桂冠」「英勲」の3本だ。棚の奥に液晶テレビがかかっており大相撲中継をが始まった。店内の騒がしさに輪がかかる。
「じゃあ月桂冠で」
「すみません、月桂冠は冷酒できないんです」
「うっ」
 さっき3種と言ったじゃないか。なんだかどうでもよくなってきた。それにしても獺祭は高いだろうな。獺祭なんて飲んだことないよ。飲みたいけどここはがまんだ。慣れない店で慣れない酒は飲まないほうが良い。
「英勲で」
 注文が通りただちに冷酒が突き出された。酒係りの店員は無言だ。升のなかにガラスコップが載っており表面張力で酒が盛り上がっている。いくら店員が不愛想でも酒を差し出されると顔がほころぶ。
「ありがとう」
 思わずお礼を言ってしまった。しっかり受け取ってまず盛り上がった部分を吸い取る。当然コップの上にかがみこまねばならない。そうすると、カウンター前の仕切り棚にひたいをぶつけそうになった。やっぱり狭いのだ。それでもそっと飲むと英勲独特の甘い香りがのどを滑り落ちていく。うまい。

 英勲の香りに包まれながら、ようやく周囲を観察し始めた。後ろには私に続いてOLふたり組が入ってきた。生ビールに刺身3種盛り、揚げカレイ、おでん盛り合わせ、しめサバ、唐揚げ、カキフライ。揚げ物多いな。隣はわたしと入れ代わりにおやじが勘定をして出ていった。表から店員の声がする。
「おふたりですか。奥に席がありますよ」
 奥に席ってここじゃないか。ひとり出ていって二人入れるのかよ。と思ったらふたり入れた。どうなっているんだろう。学生風の男女でさっそく注文を始める。みんな慣れてるな。生ビールと酎ハイ、マグロ刺身、牛筋煮込み、唐揚げ、エビフライ、コロッケ。後半揚げ物オンパレードだ。ダイエット中の自分には食べられないものばかりだ。まあ勝手に揚げ物喰ってりゃいい。私は私の酒を飲む。
 自分に対して無関心な騒がしさはひとりになるのに都合がよい。自分だけのバリアを張ってその中でひとり酒を呑む。これが立ち呑み屋の楽しみだ。ところがそれがこの店ではできないと分かった。なぜなら、壁際の客へカウンター越しに料理を渡すからだ。
「はい、後ろのお客さん、唐揚げ」
 唐揚げの皿が目のすぐ横を通る。バリアが破れるだけではなく、揚げ物の匂いが酒の香りを乱す。
「はい、後ろのお客さん、揚げカレイ」
 揚げカレーの皿が通り過ぎる。カラッと揚げられた魚の香ばしい香りが鼻をつく。カレイのから揚げは好物だ。いいなぁ。
「はい、カキフライ」
 絶え間なく目のすぐ脇を料理が過ぎる。しかもほとんどが揚げ物だ。不思議なもので、それも何度か繰り返されると気にならなくなってきた。ある種の感覚遮断が行われるのだろう。それなりにバリアが形成されるわけだ。でも落ち着かないことに変わりない。あまり長くはいられないな。そう思ったところでコップが空になった。これは潮時だな。顔を上げると棚に並ぶ一升瓶が目に入った。
「すみません、獺祭ください」
 


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ローストビーフの野菜巻き

 焦げ目のついた牛肉の香ばしさと自家製ニンニク醤油のさっぱりとした辛さがよく馴染んでうまい。巻かれているのはオクラとニンジンだ。彩りがよく、淡白な茹で野菜の味わいが牛肉の旨みを引き立てている。

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2016.08.15

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2016年9月15日 (木)

ネギ小屋

 7月に近所のたんぼに突如現れた。収穫したネギを干すための小屋で2週間ほどで消えた。シンプルな架構で美しい。これなら地震で倒れることもなかろう。建築はこれで良いと思う。わたしの理想の建築に近い。

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2016.07.23、京都府向日市

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2016年9月14日 (水)

ザルそば大盛り

 乾麺200グラムがこれくらい。一人前が100グラムだから大盛りというより二人前だね。食事は雑念を払ってよく噛むことが大事だと言った。しかしソバはあまり噛まなくても食べることができる。飲み込みながら箸を使っていると、雑念を払う間もなく食べきってしまいそうだ。そう思い至ったので箸を置き前を向いてよく噛んでいただいた。それでも200グラムもあると飽きてくる。味に変化がほしい。より良い食事タイムのためには付け合わせか薬味のようなものが必要なのかも知れない。

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2016.09.13、自庭

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2016年9月12日 (月)

自家製「カオマンガイ」

 カオマンガイはタイ風鶏肉炊き込みご飯だ。本来ならタイ米か香米を使うところが日本の米しか無いので、代わりにジャスミン茶で炊くのだそうだ。また、香草が無いので青ネギで代用している。そんなところが「自家製」の理由だが、さっぱりとした鶏めしで香りが良くてうまい。鶏皮は別に焼いてまぶしている。黄色いのはバタナッツ-カボチャである。

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2016.09.11

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満月の花「鶏肉とキノコのトマト煮」

「おいしかった。鶏肉の旨みと野菜の甘みが絶妙に溶け合ってるね」
「ありがとうございます」
「やっぱりキャベツがいいね」
「そうでしょ。キャベツはいいですよね」
「食感がいいんじゃないか」
「なんか分かんないですけど、いいんですよねぇ」
 ここの料理人はキャベツをほめると喜ぶ。

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2016.09.12、京都市四条烏丸「満月の花」(参照

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2016年9月11日 (日)

【伊予旅行】 臥龍山荘(3)

 なぜ懸け造りなのか
 懸け造りはたいがい磐座に懸けられる。清水寺が筆頭だが、千葉県の笠森観音、鳥取県三仏寺の投げ入れ堂などいずれも岩に懸けられている。これは磐座に降りた天神に舞を奉納するための舞台だ。ここ大洲神社のある丘が神楽山というのも、ここが奉納舞の聖地であったことを示すのだろう。不老庵が懸け造りになっているのは、それを模倣したものだが、元からそういった舞台があったと考えた方が自然だろう。

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 生きた柱とはなにか
 違い棚の無い床の間は神棚だろう。床の間の中心に床柱を置くのは床柱を神に見立てた神棚の形式だと思うが、これは床板そのもを神棚になぞらえている。従ってここを使うときには神明を書いた掛け軸をかけるか神格を表す唐物を置くはずだ。左右にはもちろん供花があるがこの場合は右側だけでよい。なぜなら左側の壁の向こうにすでに生きた槙の木の柱があるからだ。槙は高野山系が使うコウヤマキだろう。これは生きているのではなく活けてあるのだ。

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生きた柱

 再生のための茶室
 茶室は床の間の北側に置かれる。北は水気の領域だ。茶は知られているように土気だ。五味のうち苦味が土気に配当されるからだ。茶に用いる水は背後の岩にうがたれた穴から汲むようだ。岩は磐座であり神気に満ちる。しかも岩の青は龍を示し、臥龍の名のとおり龍脈が露呈していることを示す。

 岩は金気であり水気を生むが、そこで生まれた水は龍脈と神気によって真の水となる。真の水とは木気を生み出す力のある水気のことだ。この茶室が「怡性」と名付けられたのは「怡性养神」つまり怡(悦び)の性(本性)により神(神気もしくは精神)を养(養)うという意味だろう。この悦びとは本来は舞であったはずだが、ここでは茶がそれに代わる。土用で強められた水気が木気を生み出す。神気に満ちた木気によって精神は再生される。 

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茶室裏の穴

 生きた柱のもうひとつの意味
 捨て柱の方角は床の間から見て南西に当たる。これは二黒土星の方角で大黒天の方角だ。大黒天は土気でもある。従って、この方角に生きた木気を置けば土用によって木気が完成する形となる。それは大黒天そのものの完成でもあったろう。

 生きた柱、青い岩、龍、こうしたものは全て強力な木気を示す。おそらく大黒天は観音と習合していたはずだが、明治期に修験道が廃された今となってはよく分からない。しかし観音信仰の篤い四国ならではの何かがあったのだろうと想像できる。トミス山に冨士の字を当てたのは不死の山を連想した行者たちだろう。そこへ不老庵を向けることで不老不死が完成する。つまり茶の力によって増強された最強の木気が再生を行うという筋書きだっただろう。

 長くなったので続きは次回。月光について考える。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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ウサギノネドコ「隕石カレー」

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 隕石カレーを食べてきた。ごはんは竹炭で黒くしているそうだ。もちっとしたごはんで粒が立っている。黒ココアで色をつけたルーはよく煮こまれた野菜の甘みにわずかな酸味が加わりさっぱりしている。これがもちっとしたごはんとよく絡んでうまい。

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 前菜にはサツマイモの温かいスープが付いていた。ジャガイモポタージュのようで控えめだが奥深い甘さがあって温まる。スペイン風オムレツが添えられていて、こちらもジャガイモの旨みがよく滲み出てうまかった。

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 アメジストのゼリーは名前のとおり鉱物質な輝きにあふれていた。ここは標本屋さんで、さまざまな鉱物を販売している。それを見てきた後なので、いかにも鉱物を食べるような不思議な気持ちを味わえる。ほのかなブドウ味のゼリーがベースのパンナコッタの優しい甘さとよく合ってうまかった。

ウサギノネドコ http://usaginonedoko.net/kyoto/cafe/menu/

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2016年9月10日 (土)

【伊予旅行】 臥龍山荘(2)

 清水の舞台のような懸け作りの草庵があった。眼下に肱川が一望できる。名を不老庵という。ここは藩政時代からの庭園だったそうだ。吉野の桜、龍田の楓などはそのころのものだというので、庭園の骨格はそのままなのだろう。崖の中腹にしがみつくように作られた細長い庭園で茶室が点在する。ここは茶庭なのである。

 明治以降荒廃していたのを木蝋で財を成した神戸の河内家が復興した。建物はすべて河内の再興したもので、あちこちに呪いめいた趣向がこらされており、数寄屋造りというよりもゴシック趣味である。なかでもこの不老庵が極め付きだ。

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 天井が網代貼りのヴォールトになっている。こんなの初めて見た。船底天井との説明があるが、わたしは南方の高床式民家を思い出した。河内家は南方とも交易していたのではないか。驚くことに対岸から仲秋の名月が登るとき川面に反射した月光がヴォールト天井に踊るのだそうだ。まるで銀閣ではないか。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

 この茶室を特徴づけているのはそれだけではない。ひとつは違い棚を設けない2間幅の大きな床の間。こういうのも見たことがなかった。この床の間の右側に小さなお茶室がある。

 もうひとつは床の間左の裏にある生きた捨て柱だ。捨て柱とは軒を支える独立柱のことで、ここには3本ある。そのうち1本だけが生えたままの槙の木を上端を切って軒桁を載せているのだ。生きた柱は初めてみた。今も青々と葉を茂らせているのを見て背筋が寒くなった。これって横溝正史の世界ではないのか。

 いったい謎がいくつあるのか。
 まず、なぜ懸け作りなのか。そしてなぜ床の間に違い棚がないのか。そして生きた柱とは何なのか。謎解きは次回。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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喫茶「築地」はタイルの標本箱だ

 まいまいタイルのツアーのあと、スタッフのアビルさんが築地にもタイルがありますねと聞いてきた。ああそう言えばと思い出したので、帰りに確かめてみた。

 ちょっとやり過ぎなくらいカラフルだ。クラシックというよりジャズだな。やんちゃに見えるのは赤が主張しすぎているからだろう。築地はスパニッシュの落ち着いたデザインだが、当時はやんちゃな一面もあったのだろう。1枚1枚見ているとおもしろいものが混じっている。まるでタイルの標本箱だ。

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2016.09.04、京都市四条河原町

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満月の花「ジャガイモとカボチャのピリ辛味噌炒め」

 時間が余ったので満月の花へ寄った。ふらりと寄れる店があるのはぜいたくだ。
「あれ?先生、きょうパース教室でしたっけ?」
「いやちょっとビール1杯だけね」
 4時過ぎから飲むのもぜいたくか。
(アテは枝豆でいいか……って、これなに?)
 カウンターにいくつか大鉢があり、どれも惣菜が満載だ。そう言えば最近自家農園で野菜を作っているとか言っていたな。
「ほうほう、これはすごいね」
「そうでしょ。おすすめです」
「じゃ、これください」
「かしこまりましたぁ」
 料理人は明るい青年で料理をほめるといつも満面の笑みで「そうでしょ」と言う。謙遜したりしないところが良い。温められた小皿がすぐに出てきた。味噌と野菜の旨みがよく溶け合って、それをゴマの香りが優しく包んでいる。唐辛子が利いているのはわたしの好みだ。
「うまいねこれ。しかもカボチャが甘い」
「そうでしょ。丹精込めて育ててますから」
 野菜をほめても喜ぶようだ。ごちそうさま。

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2016.09.09、四条烏丸「満月の花」(参照

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2016年9月 9日 (金)

まいまいタイル報告

 三条かいわいでタイルを探す「まいまいタイル」の写真がアップされていたので転載しておく。

 詳しくはこちら #三条レトロタイルコース

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2016.09.04

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クモの巣に水滴をつけてみた

 クモの巣がだんだん大きくなってきた。水巻用のホースのノズルを霧に設定して吹き付けてみた。クモは迷惑そうにしていたが、巣にしずくがついてとてもきれいだ。枕草子にもクモの巣に朝露が宿る美しさに触れた部分があったが清少納言は自然をよく見ている。

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2016.09.01、自庭

 よく見るとタテ糸にはしずくが付かない。ベトベトするヨコ糸にだけ水滴がつくようだ。クモはタテ糸だけを歩いているのだろう。だから体が小さい内は大きな巣が張れない。これから秋が深まると庭木の上のほうに大きな巣がいくつもかかり銀河のようになる。楽しみである。


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笑麺「ピリ辛ラーメン」

 建築学校の近くなので時々行く。背脂鶏ガラ醤油系のラーメンで、この日はピリ辛にした。ここのラーメンはあっさりしているので食べやすい。しかも薄味なので背脂の旨みがよく分かる。京都はこってり系の濃い味のラーメンが多いが、わたしはこんなふうなさっぱりしたものが好きだ。ギョウザもおいしい。

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2016.08.07、京都市堀川下立売「笑麺」

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【伊予旅行】 臥龍山荘(1)

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 石垣がすばらしい。こまかくシワの入った岩を積み上げている。これを磨くと美しい縞模様になるが、ここは租面仕上げのままだ。出汁巻き玉子のようで柔らかそうだ。細長い石材もあるので粘板岩系なのだろう。それを積んだだけでもおもしろいのに、そこから木が生えている。木を取り込んだ石垣を初めてみた。これは仕方なくこうしているのではなく、おもしろがってわざとやっている。石垣にぽっかり穴を開け、木に負担をかけないようにする高等技術だ。なぜそこまでするのか。ここは木気の庭園だからだろう。

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 臥龍(がりゅう)山荘は肱(ひじ)川沿いの絶壁にある。中国の墨絵にあるような桃源郷の風景そのままだ。肱川が大きくS字カーブを切っており、その下流に大洲城、上流に臥龍山荘がある。山荘は大洲城の砦でもあったのだろう。

 山荘前には広い河原が広がっている。S字の上流側のカーブだが、これが「大洲」なのだと思う。五色の石で覆われた美しい浜だ。この対岸で毎年秋に「芋炊き」という行事がある。夕涼みをしながら里芋の鍋をつつくらしい。東北の「芋煮会」とよく似ている。里芋は金気の象徴だろうから、これは金気を剋し木気を助け子安を祈る呪術に見える。だから木気の強い場所で行う必要があった。

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 河原には青石が露出している。よく見ると臥龍山荘の岸壁そのものが青石であり、崖下にある大岩の島も同じだ。青は龍に色であり木気を示す色でもある。だからここを木気の霊地とし臥龍、つまり龍が伏せる場所と名付けたのだろう。しかも大洲城の東に当たり、方角としても青龍にふさわしい。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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2016年9月 8日 (木)

建築学校の授業でスケッチに出た

 わたしの授業は前期なのだが、夏休み明けに1回だけある。暑かったのでどうしようか迷ったが決めていた通り御所へスケッチに出た。樹々のあいだは風が通り案外涼しい。ツクツクボウシも鳴いていて、最後の夏休み感覚を満喫した。いつもはハガキサイズだが、きょうは学生さんと同じA4サイズ。これで30分くらい。持っている手がしびれてくる。

 最近、影に興味を持っているので少し試してみた。地面の影がまだらなのは木漏れ日を意識している。思っているより影の表現は簡単かもしれない。ときどき試してみたい。

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2016.09.07/マルマンスケッチブックA4、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/京都御苑

 学生さんが木はどうやって描くのかというので、グルグルと葉っぱの塊を積み上げていけばいいよ、と言いながら描いた。これで5分くらい。グルグルの描き方は決まりはなく人によってだいぶ違う。葉のあいだから覗く枝を描けばそれっぽくなるとか話した。

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2016.09.07/マルマンスケッチブックA4、グラフィックペン0.3/京都御苑

 描きあがったスケッチを見せてもらいながら、みんなうまくなったなと思った。自分の線がちゃんと出ている。半年くらい授業を受けると偏見から離れて自由な線が引けるようになるのだろう。それは教えられたものではなくて、元々自分が持っていたものだ。自信をもってよろしい。

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2016年9月 7日 (水)

【伊予旅行】 洋館の飾り格子

 曲げた丸鋼を組み合わせて格子にしている。丸鋼をつなぐのに、直径の細い丸鋼で巻いてかしめているのがアクセントになってかっこよい。この格子は時々見かけるので半既製品だろう。窓の大きさに合わせて切り取り四周を曲げて長方形の枠に溶接する。とてもきれいなので、こういう半既製品が今もあるのなら使ってみたい。

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 窓が大きな額縁に納まっているのは古いやり方だ。大正時代あたりか。元は下見板張りだったようにも見える。大洲は滞在時間が短く写真もあまり撮っていないが、昭和初期の医院建築などが残っていた。なかなか魅力的な町だった。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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【伊予旅行】 軒下の持ち送り

 軒下に彫り物の入った持ち送りが並んでとてもきれいだ。この形式はいつできたのだろう。見た感じでは案外新しくて幕末から明治にかけてかも知れない。

 持ち送りが支えている梁は天秤梁なので下がることはなかろう。これは装飾的な、もしくは呪的な意味が強いように見える。彫り物は雲形が多いようだ。雲形はその部分が天であることを示す。法隆寺の雲肘木と同じ意味だ。そう高くもない庇がなぜ天なのか。謎深い。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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2016年9月 6日 (火)

【伊予旅行】 大洲の出格子窓

 背の高い土壁との取り合わせがちょうど良い。視線高さの下側だけ格子にして上は透かしているのもかっこいい。窓台下のくり型の支えが並ぶようすも好ましい。支えの間を土壁ではなく板で押さえているのも利いている。細部の納まりも自然に見える。簡単なようでいてなかなか精巧なつくりである。

 わたしはこういう出格子が大好きだ。以前金沢でも同じものを見たが(参照)、こうした出格子は腰掛窓の変形と考えたほうが良いのかも知れない。外と中のあいだのあいまいな領域は建築を豊かにする。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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2016年9月 5日 (月)

【伊予旅行】 大洲の黄色い壁

 目も覚めるような鮮やかな黄色いだ。外国のようにも見える。大洲にはこうした美しい壁が多い。内子でも見たので、このあたりの土質なのだろうか。五行で言えば黄色は土気なので縁起がよい。そうした願いも籠められているのだろう。とても良いものを見せてもらった。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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2016年9月 4日 (日)

【伊予旅行】 大洲の左官仕事を見てきた

 土蔵の窓下に洋風の飾りがあった。とても立体感あふれる見事なものだった。木彫のようにも見えるが隅が欠けたり割れたりしているのでコテ絵だと思う。内子もそうだが、伊予には和洋を折衷した独特のデザインセンスがある。

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 道路をはさんで片側だけ土蔵が並んでいる。説明板によればもう片側が武家屋敷街で、町家の正面を向けると失礼に当たるので蔵側を向けたとある。これはそうではなく城下町の防火帯だろう。町家地帯での火災が武家屋敷街へ延焼するのを防いでいるわけだ。こうした防火帯は京都にもある。

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2016.08.25、愛媛県大洲

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2016年9月 3日 (土)

【伊予旅行】 おおず煉瓦館の刻印レンガ

 資料室があって刻印レンガを展示していた。「イヨ大洲原」という文字を四角く囲ったものだ。地元にレンガ工場があったということだろう。さっそく探したところ中庭でこれを見つけた。なんだこれ? 網目模様と花柄。こんなの見たことないね。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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2016年9月 2日 (金)

【伊予旅行】 おおず煉瓦館のフランス積み

 普通レンガのイギリス積みの元銀行の建物だが、ここだけ焼き過ぎレンガのフランス積みになっていた。黒く窯変したレンガがとても美しい。窓まわりだけ普通レンガを使ってコントラストを見せるあたりも粋なデザインだ。

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2016.08.25、愛媛県大洲市

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アニメ「ふらいんぐうぃっち」

 バンダイビジュアルで無料の「ふらいんぐうぃっち」を見ている(参照)。原作に忠実で、しかもカメラワークが良い。声優は知らない人ばかりだが、肩に力の入らない自然な演出が良い。わたしはこういうローファンタジーものが好きだ。


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2016年9月 1日 (木)

【伊予旅行】 砥部焼の印判について

 砥部焼の印判について分かったことをメモしておく。写真は道後温泉の骨董屋で買った印判手の湯飲みで、おそらく砥部焼だ。

1.明治11年(1878)に砥部焼きを再興した伊藤允譲(1832‐1910)が肥前の陶工より型紙絵付けの技法を教わった。この肥前とは伊万里焼きと考えて良い。
2.型染絵付けされた茶碗は伊予ボールと呼ばれ、中国や東南アジアへ輸出された。梅山窯では1953年まで生産されたそうだ。
3.大正中期に梅山窯で生産された伊予ボールの8割が輸出向けだった。

 印判手については多治見の美濃焼ミュージアムにも解説がある(参照)。美濃では型紙染付けと言わず摺り絵と呼んでいるようだ。明治15年ころから精緻な伊勢形紙を使ったとある。京都で広瀬治助が型友禅を始めたのが明治12年だ。なぜ同時期に一斉に同じようなことが起こったのか。

 伊予ボールや型友禅は手描きのものと比べて一段低く見られている。そのため残っているものも少ないし研究も進んでいない。京都の型友禅は友禅染の大衆化に力があった。それはアロハシャツの生地としても輸出された。今ハワイに残っているビンテージもののアロハシャツは十数版重ねた見事なもので決して手描き友禅に劣るものではない。同様に伊予ボールには生活雑器としてのいさぎよさと、その大ざっぱな版重ねのおもしろさがある。

 明治前半の窯業はヨーロッパ向けの高級美術品の輸出に力をそそいでいたとされる。明治初期の段階で日本の輸出高の約1割を工芸品が占めたという。京都には工芸の近代化のために軍艦一隻分の資金で京都高等工芸学校が開かれた。それは資源を持たない日本が工芸立国をめざしたという証拠だろう。

 歴史で語られる近代化された陶芸はもっぱらヨーロッパ向けの高級美術品で、伊予ボールなどの生活雑器はあまり取り上げられない。でも実際に産地を支えたのは高級美術品よりこうした生活雑器だったのではないか。伊予ボールの独特の風合いと歴史上に果たした大きな役割はもっと見直されてよい。

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夢日記 160901

 現場調査で疲れたので早めに寝た。9時間近く寝ていた。久しぶりに夢を覚えていたのでメモしておく。

 教室のようなところに仲間といる。小説の研究会らしい。そこへ高校生くらいの少年が原稿をもって入ってくる。彼の父親が指導してやってほしいと依頼する。仲間たちは少年を歓迎し原稿が回される。わたしは少年からもう1冊の冊子を渡されそれを読む。そして指導するならこれも目を通しておこうと言って仲間にその冊子を渡す。

 仲間たちと店にいる。ギャラリーとカフェとアンティークショップを兼ねたような店でまだ始めたばかりだ。学園祭のような雰囲気がある。ひとりが古いストーブを持ち込んだ。小さなもので全体に錆びている。どこのものかよく分からないらしい。わたしが調べると表面に文字が刻まれている。明治時代にドイツへ留学した折に製法を学んだとある。文字は読めないところもあるが長い文章で、鉄板上ではおさまらず額縁のような木枠にまで続いていた。

 ショップで古い映画を上映することになった。他のショップが映画を配給してくれるという。それを受け入れると雑貨もそこから仕入れることになるのではないかと心配になるが、仲間たちは気にしていないようなので言い出せずにいる。

 遅くなったので、ショップを閉めて居間に集まる。そこは大きな家でその娘がショップのオーナーらしい。娘はわたしにとって姉のような存在のようだ。もう12時を回っていたので泊まっていくでしょうと娘が言った。板敷の居間は広いので全員が寝るスペースはありそうだった。わたしは歩いて帰ろうと思うが外は雪が舞っていた。とりあえず自分の持ち物を取ってこようとショップに戻り分厚い古本を抱えて戻ってきた。

 古い祭りを撮影したフィルムを見た。石造りの城壁から神々の仮装パレードが出てくる。ごわごわとした岩のような意匠と仮面で、ゆっくりと踊りながら歩いてくる。パレードの全員がまったく同じ動作で踊るのがおもしろい。こんなすごい祭りがあったのかと感心する。

 和室の片隅で友人が検索している。場所はこれで確認してくれというのでパソコンの前に座る。気が付くとそれはパソコンから小さな車に変っていて山を登り始めた。落ちそうな崖の際を危なげに車を操作しながら登ると坂はますます狭く急になっていく。これでは帰れないのではないかと不安になっているといきなり山頂に出たので車を止めた。えぐれたように切り立った岩肌だけの景色だ。まわりで仲間たちが何かしていた。仕方がないので歩いて降りることにした。車は一輪車のようなものに変っており、それを抱えて飛び降りるようにして坂を降りた。2回ほど飛び降りて地上に戻ることができた。そこにも仲間たちがいたので、飛び降りて帰ってきたことを告げた。そこで目が覚めた。

(夢読み)
 最初の研究会の話に出てくる少年は自分なのだと思う。わたしは小説を書くにはまだ幼いという意味だろう。 

 夢を通して出てくる複数の仲間という存在は、自分の中の使われていない劣等機能のことだろう。そう言えば、これまでもこんな仲間たちは夢に出てきたが、それが劣等機能だと意識したことはなかった。

 古いストーブも古本も価値のあるお宝という意味だ。古い映画や古い祭りの映像も価値のあるお宝なのだろう。映画配給の条件にビクビクしているのは対価を支払えないと思っているようだ。ショップが始まったばかりという設定も文化祭のような雰囲気も、お宝を集めることにまだ本気になれない自分の状況を示すのだろう。お宝は生きがいを象徴している。

 ショップのオーナーはわたしの創造性なのだろう。ユング風に言えばアニマというやつだ。それが姉止まりというのはやはり創造性の幼さを象徴している。そこを離れて帰ろうとするのは創造性を拒否したことになる。

 不安定な山頂は意識の突出を象徴する。大地である無意識との交流が途絶えていることを意味する。そこは飛び降りてでも逃げなくてはならない危険な場所だ。うまく地上へ降りるというのは眼覚め前の意識による希望的な修正だろう。注意したいのはそんな危険な場所へ自動的に送り出されたということだ。自動的とは制御できないということだ。創造性を拒否したがために無意識が暴走したという意味だと思う。

 夢は教訓ではない。意識の突出を修正し無意識との関係を取り戻すことが目的らしい。この夢は現状が危ういことを教えている。一方で仲間やアニマと親しいのは無意識と繋がっていることも示す。お宝やお祭りの映像が手に入っていることも創造性と再会していることを示すのだろう。ただし関係がまだ浅くて薄い。仲間やアニマとろくに会話もできず、ストーブの来歴は途中までしかわからず、祭りの情景はゴワゴワとしか再生されない。そんな心的状況をこの夢を示している。

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2016年8月31日 (水)

【伊予旅行】 窯元の土管煙突を観察した

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 地上から3メートルほどレンガ積みなのは、建屋への熱を防ぐ目的だろう。その上に素焼きの土管を積んでいる。土管が白いので、これも砥部焼きなのだろう。鉄骨は隅はアングルで、ブレースと火打ち梁は平バーだ。各部材は六角ボルトで留めている。土管の中央を番線で巻き、これと隅柱とを番線で結んで固定している。なかなかシンプルで美しい。60年代から70年代のものに見える。

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2016.08.24、愛媛県砥部町

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2016年8月30日 (火)

折り入った話

 電話が鳴った。受話器をあげるのは50歳半ばになってもまだ苦手だ。20代後半で社会に出たとき先輩の「ハイ、○○建築事務所でございます」とスラスラ言うのに憧れた。「ございます」と言うのは思っているよりも難しい。言いなれないようすがすぐ表に出てしまう。だから今はたいてい「ハイ、エンマンジです」で済ましている。最近では電話の相手はたいがい年下なので謙譲語は使わなくてすむのが便利だ。

「ハイ、エンマンジです」
「あ、建築学校でお世話になっております」

 相手は、建築学校の苦労人事務長だった。年上だが、今さら謙譲語でもあるまいと思っていると、相手は謙譲語で畳みかけてきた。

「先生に折り入ってお話しがあります」

 うわ、なにこれ! 長くもない人生だが、人から折り入ったお話しをうかがった経験がない。わたしはとっさに授業を増やしてもらえるのかと身構えた。でもその折り入った話は同総会誌にエッセーを書いてほしいということだった。期限が短いので低姿勢のお願いになったようだ。わたしはがっかりして答えた。

「いいですよ。で、字数はどれくらいですか?」

 結局原稿用紙4枚ほどの原稿依頼で、それなら毎日書いているブログ程度じゃないか! どこが「折り入って」だ! 脅かすんじゃねぇよ!

 あとでかみさんにこの話をした。

「建築学校から折り入ってお話しがあると電話があったよ」
「!……なにそれ、悪い話じゃないでしょうね!」
「いや、あの、ただの原稿依頼だった」
「脅かさないよ、もう」

 かみさんは、講師をクビにでもなったと思ったらしい。ああ、なるほど「折り入った」話ならそっちのほうがありそうだ。クビになるより給料が増えることをとっさに思った自分が恥ずかしい。それにしても「折り入った」話はたいがい悪い話なのだろうか。次からは注意しよう。

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【伊予旅行】 砥部焼きの登り窯を見せてもらった

 今はもう使っていない。6室の大型窯だ。かつてもいくつもあったようだが、今はここしか残っていないという。元は9室あったそうだが上3室は取り壊された。おそらくガス窯に変えられたのだろう。下6室は斜面であったため、取り壊しを免れたようだ。

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 わたしは残ったこの窯を砥部焼きの若手で使えばよいと思う。兵庫県の立杭焼きでは登り窯を復活させた。その教育的な成果は現れ始めているように見える。砥部焼は「くらわんか」と呼ばれるお茶碗の産地だ。古い「くらわんか」を見ると、茶陶にはない生活雑器の魅力にあふれている。手間暇かかり失敗も多い登り窯を復活させれば、工芸の魅力を取り戻すきっかけになると思う。

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 砥部焼きのことは前知識なしで入ったが、砥部焼伝統産業会館と梅山窯の資料館のふたつを見て全貌を知ることができた。砥部焼は伊万里から技術移転した日本で数少ない磁器の産地だ。砥部とあるように、ここはもともと砥石の産地で、その粉を使って焼いている。大洲藩による勧業政策によって生まれた産地のようで、磁器を始める前に陶器を作っていた時代もあるようだ。

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 窯を作るレンガは「トンバリ」と呼ばれるらしい。何度も積み直しているようで、窯内部で自然釉によって美しく変色したトンバリを外部でも見ることができる。とてもきれいだ。もうこれだけで建築美としては完成しているとわたしは思う。

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2016.08.24、愛媛県砥部町、梅山窯


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2016年8月29日 (月)

道後温泉の2階

 いくらか払うと2階へ上げてもらえる。貸し浴衣と茶菓子が付く。戦前の銭湯は必ず2階広間があるが、それはこうやって使ったのだと初めて分かった。温泉で温まった体に夜風がとても気持ちがよい。通りから太鼓のパフォーマンスが聞こえる。人のざわめきもカラコロ言う下駄の音も心地よい。閉鎖的な風呂場と開放的な2階広間の音のコントラストは建築的に美しい。

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2016.08.24、愛媛県道後温泉

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2016年8月28日 (日)

コウモリの引き手

 コウモリの引き手があった。とても愛らしい。つばさが透かし彫りになっていて美しい。禁撮影だったのでスケッチした(色は宿で塗った)。臥龍山荘のホームページに写真があったのでリンクしておく(参照)。

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2016.08.25/ワトソン紙ハガキサイズ、4Bホルダー、固形透明水彩/愛媛県大洲市、臥龍山荘(がりゅうさんそう)

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